平成29年度事業予定

平成29年度 休館日
2017年
 4月 3(月)、10(月)、17(月)、24(月)、28(木)
 5月 1(月)、8(月)、15(月)、22(月)、29(月)、31(水)
 6月 5(月)、12(月)、19(月)、26(月)、30(金)
 7月 3(月)、10(月)、18(火)、24(月)、31(月)
 8月 7(月)、14(月)、21(月)、28(月)、31(木)
 9月 4(月)、11(月)、19(火)、25(月)、29(金)
10月 2(月)、10(火)、16(月)、23(月)、30(月)、31(火)
11月 6(月)、13(月)、20(月)、27(月)、30(木)
12月 4(月)、11(月)、18(月)、25(月)、28(木)~31(日)
2018年
 1月 1(月)~4(木)、9(火)、15(月)、22(月)、29(月)、31(水)
 2月 5(月)、13(火)、19(月)、26(月)、28(水)
 3月 5(月)、12(月)、19(月)、26(月)、30(金)

2010年10月22日金曜日

浅川兄弟がいた甲府を歩く

10月9日(土)に、第4回浅川兄弟講座
「浅川兄弟がいた甲府を歩く」の見学会が行われました。
当日は朝から雨模様でしたが、
参加者の皆さんは傘をさしながら、

まず、浅川政歳家の墓参をしました。

墓参の様子です

浅川政歳は農林学校時代の親友で、

後に巧の義弟となった人です。


巧の最初の妻・みつゑの墓は、
実家である浅川政歳家の墓地内に
「東向きに十字架を立てて」あったと、
巧の日記に書かれています。
1922(大正11)年の年越しに、
巧は龍岡の政歳宅を訪れ、
政歳、娘の園絵とともに
みつゑの墓参をしました。

次に訪ねたのは、巧が1907(明治40)年から
1911(明治43)年まで通った
(旧竜王村)赤坂の山梨県立農林学校跡地です。

巧は第4期生として入学。
兄・伯教と旧池田村に住んでここへ登校しました。
池田村では、小宮山清三と懇意になります。
彼との交際を通して、朝鮮に関心を抱いたり、
甲府メゾジスト教会で受洗したりと、
兄弟にとって、伯教より4歳年上の小宮山は、
示唆に富んだ人物であったと言えるでしょう。


小宮山家では、清三の孫に当たる小宮山要さんから、
貴重な資料ともども、ご説明をいただきました。

▲小宮山家にて
午後は甲府教会にて、金明淑牧師から
メソジスト教会についてのお話を伺うことからスタートしました。



▲メゾジスト教会にて
朝鮮で兄弟は明洞教会に所属しており、

当時の教会内の雰囲気などについても言及され、

参加者の方からも活発に質問が寄せられました。

その後、小宮山清三が使用していた文庫蔵が

移築されている中央市へ移動し、
当主の志村美郎氏からお話を伺うとともに、
蔵内の見学をさせていただきました。
▲移築された文庫蔵
梁や階段などは、往時を偲ばせる
しっかりしたつくりで、この蔵に伯教も巧も、
そして柳宗悦も入ったのだと、しみじみ見入ってしまいました。
木喰仏が何処で発見されたのかなど、
話題に事欠かない見学時間でした。

最後の見学場所、県立農林高等学校100周年歴史館内の

浅川巧コーナーでは、野田光彦先生に、
在学中の巧に関する資料を説明していただきました。
▲農林高校にて
通信簿や『神農』に寄稿したページなど、
学生時代の巧が、
実に生き生きと活動していたことが見て取れました。
兄弟が甲府で過ごした数年は、
その後の彼等の人生に、
大きな指針となったことは間違いないでしょう。